民主党に戻るのではなく

昔の民主党の改革路線に戻れば、立憲に支持が戻ると考える関係者もいるかも知れないが、それは甘いと思う。

今の勢いなら、改革志向の人はどう考えても維新を支持する。一部の、維新の体質等を嫌う人々が立憲に流れる事はあっても、それこそ、失う票の方が多くなる危険がある。工夫する余地はあるが、とにかく安易に考えないことだ。

もし今回、立憲が政権を取っていたら、辺野古移設で再び揺れ、共産党が離反するという、かつての民主党政権の動揺(社民党が連立を離脱)が再現される危険があった。これについて答えが出ていない事はやはり問題だ。筆者は共産党が自重するとは考えていた。少なくとも他の問題についてまで、野党的(準野党ではなく)に振る舞うことはないだろうと。

立憲が現実にどうしても妥協しなければならない時には(辺野古移設をそのまま認める事だとは限らないが)、自民党が総理を出し、社さ両党が閣外に回った後の自社さ連立のようにするしかないと考えていた。共産党がどうしても同意できなければ、自民党が新進党に協力してもらったように、立憲が、自民か維新に協力を求めるということだ。これはけっしてまともな事ではない。しかし非自民政権の場合は、どうしても甘くならなければいけない。そうでなければ政党の機会すら得られないからだ。共産党にさらに変化を求める必要はある。しかし政治は、理想論だけでは語れない。野党が経験を積んで政権担当能力を高め(共産党もそれによって変化する)、政権交代が「一度切り」で終わらないようにすることが重要である。

確認しておくと、辺野古移設は立憲も中止を主張しているわけだが、アメリカからすれば嘉手納基地でも構わないのだから(日本のせいにすることができる)、日本(沖縄)に配慮する交渉など、期待できない。しかし軟弱地盤の問題も、自然破壊の問題もある。中国のようにサンゴ礁が死んでも基地をつくるという国になるなら別だが、何か考える必要があるのは、本当は間違いない。そして何より、一部の住民がそれで得をしているとはいっても、沖縄にばかり過重な負担を強いている事、これまで、それを「札束」で解決しようとしてきた事(代償を支払うのが全て悪いとは思わないし、振興策の予算を馬鹿にするつもりはないが)も含めて、この問題は日本が乗り越えなければならない壁だ。野党の矛盾にばかり目を向けても、国家としては成長はできない。

問題が長引けば、住民が苦しみ、住民の多くが、その本来の考えに関わらず、反対する事を無意味だと思うようになる。だからこそ、筆者はこのような事を述べておきたいのだ。時間が解決してくれる事は確かにあるが、この問題をそれで片付けようとする。あきらめさせた事を成功と捉える。そんな事があってはならないと思う。

 

優位政党に振り回される、政権を狙う野党第1党の限界→