2021年頃、短期間ですがこのホームページ内で、ブログという形で記事を書いておりました。
その中に、都議選、山尾氏議員引退を内容とするものがあり、今の状況を考える上で少しは参考になると思ったので、ここにリンクを集めます。
・2021年都議選の感想
・印象に残っている2つの都議選
・菅総理と山尾議員の「辞め方」
今は考えが少し変わっている点もあります。それは維新の会に対する評価や(筆者は新自由主義と社会民主主義が対峙し、交互に政権を担うような状況を一度はしっかり経験する必用があると思っていて、その点で維新に、自民党側の政党として、あるいは立憲と、これも先進国が大方経験している第三の道を含む政党システムを期待しましたが、結局第三極にとどまった事、それから単に質の低さを見せつけられて、強く批判するようになりました)、支持率の部分です(当時は政党を批判的に見ていましたが、今はそれよりも、国民に批判的にならざるを得ない状況だと考えています)。
ここからが本題になります。まず山尾氏、次に都議選について、せっかくですので今考えている事を少し書きたいと思います。
まずは山尾氏についてです。
筆者はホームページ上では、山尾氏(菅野氏。これも、選択的夫婦別姓が必要な例にもなり得る一方、これに反対するために悪用もされかねないという・・・)を不倫疑惑について批判する事を避けています。もちろん報じられている通りなら責められて当然です。「迷惑をかけているわけではないから、他者には関係ない事ではないか」と言う人もいますが、山尾氏は当時政治家でしたし、今も政治家に戻ろうとしています。であれば、その人間性にも関心を持たれて当然です。「不倫と政策、政治家としての能力は関係ない」という人もいるでしょうが、国民は政治家を信頼して任せます(心酔するのは危険ですが、ある程度は信頼できないと、それも危険)。自分の欲や保身のために、他者(国民)を裏切る可能性がある人を選ぶわけにはいきません。
問題は、報道が全て事実だと、断言まではできない事。かつ、当事者しか知らない、分からない事もあるであろう事です。だからこの疑惑自体で、山尾氏を批判する事はなるべく避けてきました(玉木氏の場合は一度は不倫の事実を認めているので別です。ただし山尾氏の場合は、非常に悲惨な事態を招いたと思われるので、玉木氏以上に批判されている面もある上、後述する通りネトウヨからの反発もあって、玉木氏との比較は困難)。そのため筆者は、「自分は絶対に支持しない」という事にとどめてきました。
しかしそうはいかない点もあります。それは山尾氏の、2021年当時の、政治家の辞め方です。詳しいことは上のブログに書いた通りです。要は、自らの負の面(自身への批判がある事や、自ら選んで入党、参加した政党の、不人気。そしてそれらにより、次の総選挙で落選しそうな事)をごまかし、前向きで立派に見える、引退理由をでっち上げた事です。
筆者も矛盾しているようです。これだって憶測ですから。山尾氏が当時本当に、彼女の主張する理由で引退した可能性だって否定はできません。
しかし今回、国民民主党の人気が高まり、当選の可能性が高くなると、山尾氏は政治家復帰に舵を切りました(それも国民民主党の当時の勢いの下では、定数が多い東京都選挙区よりもさらに当選しやすく、落選することが考えられないという状態だった比例で)。引退の決断から、たったの5年で。しかも復帰を決めるまで、「引退したときに想定した事ができていない」という、自らの引退が失敗だったという発信もしていないと思います(していたら筆者の誤りであり、こちらで訂正、記事の修正をします)。
そうである以上、山尾氏の引退理由は、表面を取り繕ったものだと捉えて、問題はないと思います。そしてこの傾向は、国民民主党の玉木代表にもはっきりと見られます。ここでその全てを挙げていく事はしませんが(いずれ、「新・政権交代論」で、と思っています)、2021年の総選挙後、左派陣営が予想より不振であるのを見ると、玉木氏はネトウヨに寄りはじめました。右翼、右派、保守というより、左派を批判することを主眼とし、差別的な発信も平気でする、ネットで当時勢いのあった、「ネトウヨ」です。
これは民社党や民主党という、歴史や与党経験のある政党の流れを汲む政党としては驚くべき事です。しかし国民民主党は、支持基盤の連合を含め、中道のゾーンにも良い顔をしようとしてきました。その矛盾が表れたのが今回の、「夫婦別姓法案を自ら出しながら、その採決を避けようとする行動」でした。
そして山尾氏の件も同様です。実は山尾氏は、不倫騒動が悲惨な結果を招いた(と思われる)後にも、国民民主党の議員であり、ネットを見る限り、それで特別批判されていた様子はありませんでした。それは当時、ネットでネトウヨの声が大きく、人気のネット番組がいくつもあったからです。山尾氏が立憲民主党に入った後、同党を批判して離党したため、彼女はネトウヨ(の一部)に人気がありました。少し前まで彼女を批判しまくっていたネトウヨは、彼女が目を覚ましたなどと言って、その変化を歓迎していたのです。
今回、その記憶が薄れた後で、皇位継承について左派に近い主張をした事から、山尾氏は窮地に立たされたのだと考えられます。
不倫疑惑で眉をひそめる人が多かったという事が、まだまだ一定の数があり、声も大きいネトウヨの攻撃と合わさって、批判の渦になったのだと思います。
このように、調子ばかりいいと(玉木氏はヘラヘラ、山尾氏はお高く止まっているという批判がされるような、差異はありますが)、いずれ混乱が生じます。
上辺ばかり取り繕う政治家を信用して良いものでしょうか。筆者が真っ先に思い浮かべるのは太平洋戦争、戦況が不利になった日本が、国内では勝っているという発表、報道一色のまま、多くの人がそれを信じ、悲惨な敗戦に至った事です。
玉木氏が調子よく表面を取り繕う例を、もう少し挙げたいと思います。直近では、今回山尾氏が会見をする事になった経緯について、玉木氏と山尾氏の発言に矛盾があります。勘違いするような小さな出来事ではない以上、どちらかがウソを言っている事になります。さらに玉木氏は、山尾氏があくまでも公認「内定」だったという、実態と合っていない発言をしています(この時期の内定は決定だと言えるので不誠実な言葉遊びに過ぎないし、実際に公認決定というビラも出されている)。
私が玉木氏に対して不信感を持つきっかけとなったのは、映画『なぜ君は総理大臣になれないのか』の一場面です(それまでは、希望の党騒動については批判的でありながらも、立憲民主党との合流については、不当に軽視されていると、少し同情していました)。この映画は中立的だと思いますが、その性質上、小川淳也氏寄りであると疑われる事はなかなか避け難いものです。しかしここで挙げる場面は、仮に小川氏寄りの意図があっても(絶対にないと思いますが)、歪められるようなものではありません。当然ですが、玉木氏も抗議していません。
それは映画開始58分頃。希望の党に公認申請したという会見を開かない方が良いという玉木氏の考えが、小川氏にメールで伝えられる場面です(小川氏はあきれていました)。これは民進党の方針で自動的に公認となった、あるいは玉木氏や小川氏を希望の党(小池氏側)が欲したという形にするという事です。映画では小川氏の秘書が後者を疑っていますが、希望の党の支持率が下がった頃なら、前者もあり得ると思います(時間がある時に確認しようと思いつつ、まだしていません)。どちらであれ、実際には公認申請をした(する)のに、それを隠す、嘘だと言えます(実際には記者会見でストレートに聞かれ、直接ウソを言う訳にもいかず、認めているのですが)。
万年与党の自民党にとっては、自らを客観的に省みる事が非常に困難です。これは間違いを直せないという点で深刻ですが、長い間ほとんど休みなく行政を担っている万年与党としては、仕方のない面があります(だから政権交代が必要)。しかしそれに対抗する政党が、上部ばかり取り繕う性格では日本は破滅します。そういった危険性を、玉木国民民主党と山尾氏の件は、示しているのだと思います。
さて、次は都議選です。
今回の都議選でも、相変わらず都政与党の中心である都民ファーストの会が強いようです。
ファーストの会が、地方自治体であるとは言え、国政に近い面がある東京都において、国政選挙で結果を出せなくてもこれだけ強いのは、とても印象的です(事実上知事の地域政党である事、地方自治と国政が異なる事を考えれば、不思議な事ではありませんが、筆者の関心は主には国政にあるので)。
国政と違い、都政ではこの強い都ファの存在を前提として、国政と同様の、自民党の裏金による不振(都議会議員についても発覚)と、国民民主党の勢いがあります。
前回の都議選では、コロナ禍の吉村ブームがあり、同年の衆院総選挙では躍進することになる維新が不振、協力していた立憲と共産のも少し好調といった程度でした。結局は、自民対都ファという、都政の与党同士の戦いが、ふたを開ければメインだっわけです。今回は国民民主党に勢いがあり、右傾化した同党と、都ファ、そして弱っても根強い自民党(系)の戦いが主流になるかと思われました。
左右の時代ではないとは言っても、実際には右に片寄っていて、国政での選択肢、保険の重要性を考えると、その結果が国政に強く影響する都議選でこのような状況なのは、特に長期的に見た場合、良くない事だと心配していました(玉木氏や小池氏という個人の人気に依存する政党が多いことも重なり、知らず知らずに権威主義的な風潮に染まっていく危険がある)。
そんな中で国民民主党が失速し始めたので、胸を撫で下ろしています(少なくとも、都ファと国民民主が両方必要だという事はないと思いますし)。国民民主が失う票が、より危険な政党に流れることをできるだけ回避しつつ、穏健な部分では多様性を確保できるよう、中道左派(立憲と、これに協力的だという点で共産も)が健闘する事を期待しているところです。
最後に、上で述べた事と重なる面からも、そして何より石丸氏の性格を見て、昨年の都知事選で石丸氏にあれだけの票が入った事は、危うい事だと言わざるをえません。
確かに都知事選の時点では、今ほど石丸氏の問題点は明確に表れていませんでした。しかしすでに、石丸氏といえば市長としての、市議会や一部のメディアへの攻撃的な姿勢でした。それが話題になった事を土台に、彼は都知事選の、名実ともに主要候補となったのです。
彼がそういう人だからこそ支持する人を核に、彼をよく知らない人が、消去法(2大候補が女性であったことも含めて?)やその選挙戦略に乗って、支持したという事なのでしょう。
日本の地方議会には、必要以上に保守的な面もあるのでしょう。改革派の首長が誕生すれば、軋轢が生じる場合もあるでしょう。しかし石丸氏の振る舞いは、あえて言えば、非常に嫌らしいものでした。仮に相手に問題があるとしても、相手を貶める事を目的に議論をしてはいけないと思います。相手に本当に問題があるなら、そんな手を使わなくても、今の時代なら、工夫次第で勝負になるはずです。
確かに敵役を攻撃している政治家を見て、快感を覚える人もいるでしょう(それも節度がなければ問題ですし、敵役が本当にそんなに悪いのか、悪いとしても原因は何なのだろうかという事に、より関心を持つべきですが)。しかし石丸氏の攻撃の矛先が、次は自分に向くかもしれないと、想像する力も、悪政を招かないため、特に国民が政治家にいいように利用され、その過程で不必要に分断されないために、重要だと思います。
今、危うい政党、議員は多く存在しています。それを見極めるために、これまでのポピュリズムの結果(または途中経過)から、そろそろ学ぶべき時なのではないでしょうか。
以上です。急いで書いたので、誤字等がありましたら申し訳ありません。
補足として、筆者が国民民主党に批判的である最大の原因は単に、その存在が野党の多弱化をひどくしているからです。少なくとも維新の会が存在している限りは、いくら両党に差異があっても、多弱化のマイナスを上回る存在意義があるようには思えません(立国両党が得意な層から集票した上で協力する事ができれば有効ですが、国民民主党が反立憲を存在意義としているような状況では、それに困難です(短期間で破綻する可能性が高く、それは両党にダメージとなる)。それで国民民主党が、反立憲・立憲懐疑の自民票を切り崩せているという面があるとしても、現状を打破する力にまではなっていないと思います。