1-22小池新党圧勝に日本の未来はあったのか1.政権交代論

民進党つぶしはありか?

希望の党の躍進が予想された当時、筆者は暗澹たる気持ちになっていた。単に、小池新党を評価していなかったからというわけではない。維新の劣化版のような新党が躍進することを不毛だと思いながらも、東京-名古屋-大阪の改革派連合が実現すれば、これまでの、同じところをぐるぐる回っていた状況からは、抜け出せるという期待もあった。暗澹たる気持ちになったのは、何より、民進党の議席が大きく削られることを心配したからだ。

筆者が何よりも懸念するのは、第2党の弱体化だ。小池新党(希望の党)が仮にすばらしい政党であったとしても、民進党と主に競合して、政権交代を狙えるだけの議席を得られていただろうか。そんなことはなかったであろう。都市部では希望の党が躍進し、他では民進党が踏ん張るという可能性が高かった。そうなれば、どちらが第2党であろうと、どちらも結成当初の民進党の議席数に届かない、つまり第2党がますます縮小する事態となる(実際にそうなった)。両党は、もともと強い上に漁夫の利も得る自民党の、ひ弱な対抗勢力になるのである。都市部、または農村部にかたよった政党、同時に人気型、または組織型にかたよった政党であっても、選挙の段階で、非常に多くの選挙区で候補の擁立を見送るような、つまり大政党になること、大政党であり続けることをあきらめるような、住み分けをすることはなかったであろうから、つぶし合いになり、双方で比較的多くの議席数を得る力のある自民党が、大勝していたはずなのである(少し異なる展開にはなったものの、自民党は実際に大勝した)。

民進党は、仮に第2党の地位を守ったとしても、大阪府に続いて東京都でも壊滅することは避けられなかった。すでに衆院選ではほとんど小選挙区の当選者を出せなくなっていたが、それを自民党が取っていて、かつ民進党が野党第1党の地位を維持しそうであれば、取り返す望みがある。しかし、第3党が取った場合には、大阪のように東京も、「自民党対第3極」という構図が定着し、そうなっては民進党の第2党の地位も脅かされる。

東京でも大阪でも、あるいは、双方の周辺でもほとんど議席を得ることが出来ない第2党に民進党がなることは、あまりに不健全なことであった。都市部の代表と農村部の代表による2大政党制というのも、時代遅れで、国内を無意味に分断するものとなりかねないが、都市部でも農村部でも議席を得る自民党に、農村部中心となった野党民進党(愛知県では引き続き健闘したとしても)と、都市部中心の野党小池新党・日本維新の会が別々に対抗するという、三つ巴の構造はバランスが悪すぎるし、政権交代を難しくするか、よりいびつなものとしてしまう、最悪の道の1つだと思っていた。

小池都知事が正式に新党、希望の党を結成すると、自民党と希望の党の対決がクローズアップされ、すでに部分的に小池側に切り崩されていた民進党は、埋没し、上で述べた以上の党勢衰退すら予想されるようになった。保守2大政党の他に、とりあえず数十議席を維持する民進党が存在するという、2と2分の1政党制とでもし得るものが誕生する可能性が高まったのである。これを評価する人も当然いるが、筆者は反対であった(また改めて述べる)。社民党と一時期の共産党の没落を見ると、その場合第3極に位置することになる左派の勢力が、影響力をわずかでも維持することは、キャスティングボートを握らない限り、非常に難しかったと考えられる。そしてキャスティングボートを握るほどに自民党が議席を減らす、つまり希望の党が議席を増やすことも、公明党が自民党についており、野党同士の競合もある中では、相当難しかったといえる。保守2大政党制どころか、保守1と2分の1政党制となるところであった。

そうなれば、結局は希望の党も、何でも反対の政党になり、左派でない左派のような政党になり、ゆがんだ五十五年体制のようなものが出現することも、十分に考えられた(すでに民主党にそのような傾向があったという見方もある)。

民主党→民進党には、政党を簡単に移る議員が少なくない。民主党の土台となった社会民主党の出身者、その系譜に属する議員達、つまり党内の生粋の左派は、そうでもない。左寄りの思想をある程度一致させる必要があり、そのような左寄りの有力な政党は少なく、有力な新党もあまり結成されないからだ。しかし保守系、保守政党出身者には、政党を簡単に移動する者が多い。

もちろん、政権交代を目指すという信念を持ち、それがぶれていない議員も少なくはない。しかし、自民党を出た以上、戻りたくても戻りにくいという議員、あるいは自民党から立候補できなかったか、自民党が不人気であった当時、より当選しやすいということで、民主党に加わったという議員も少なくなかった。彼らは、民主党の人気が落ちれば、より当選しやすい政党に移るのである。党内の左派より自民党に志向が近いということも大いに考えられるし、自民党に入れれば最高なのだろう(平野達男、山口壮、松本剛明、鈴木貴子が実際に自民党入りしている)。だから、民進党から都民ファーストに移る都議会議員、候補者が後を絶たなかったのも、本来は驚くべきことであっても、実際には驚かされる出来事ではなかった。衆議院第3党(参議院では小党)としてスタートした民主党は、旧民社党系も吸収したが、多くの保守系議員を吸収して、議席数や経験の不足を補い、第2党の地位を盤石なものとした。簡単に政党を移る議員達に手を出さざるを得ないことは、第3極の宿命である。

以上から、小池新党、つまり希望の党の結成によって、民進党は相当の危機に陥ったと言える。そこまでのピンチではなかったという見方もあるだろうが、それでも政権奪還がさらに遠ざかり、希望を見失っていたことは確かだ。それは民主党→民進党が、民主党政権の総括をし、生まれ変わるということをしなかったからでもある。しかし、それをしていたとしても、同じようなことになっていたという可能性は、決して低くはなかった。

小池新党は、「劣化版維新」を結成して野党の多党化を進めたという点では、罪深い。しかし一方で、まとまりのなかった民進党の、リセットボタンを押したという点では評価できる。どちらの点が勝っているかは、小池ブームが起こらなかった場合に、民進党がどれだけやれたのかということによるのかもしれないが、何かある度にあれだけ動揺するのだから、民主党→民進党はつぶれて良かったというのが、筆者の感想である。それでも、人に押してもらったリセットボタンなのだから、民進党の流れを汲む立憲民主党も、民主党政権の総括はしなければならないと考える。