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玉木代表の矛盾

合流する一方の代表である玉木が、自らの不参加を、分党の方針と共に早々と宣言したのは、合流に水を差す以外の何ものでもなかった。それならば、合流に反対であることをもっと早く明確にして、代表続投の是非を党内に諮るべきであった。譲歩したくなかっただけだと言うのかも知れないが、両党の支持率の差などを考えれば、それは合流自体に反対だと言っているのと変わらない。

交渉の過程で、自らが望む政策の一致が難しいと判断したのなら、あるいは他の条件にどうしても納得がいかなかったのなら、合流自体を中止すべきであった(それで第2党・野党第1党の立憲民主党に切り崩されても、仕方がないと思う)。仮に、不参加者をまとめる必要があったのだとしても、党首(代表)がやることではない。合流することに決めたのなら、党首はそれが少しでも実のあるものになるよう、努力をした上で参加する義務がある。沈む船に、その責任者として最後まで残るという事なら分からなくもないが、【このままでは沈む船を、沈めるのではなく、立憲という船とくっつける】という決断をしたのではないのか。そもそも玉木ら残留派を見れば、新しい国民民主党を沈ませる気などないことは明らかだ。

前原誠司元民主党・民進党代表は以前から、独自に新党をつくる可能性を示しており、それも良いとは思わないが、国民民主党の現代表が不参加を表明するのとは、わけが違う。

民進党の代表選にも出馬し、一定の票を得て、さらには独自に支持者を増やしている玉木ならば、合流新党の中で、一定規模の政策グループを立ち上げられる(それもできないのなら、そもそも独自行動をとる資格は全くないということになる)。また、そうすることを約束して、不参加者を減らす努力をすることもできたはずだし、すべきであったと思う(だからといって合流後にもめ事を起こすのではない。少しずつ支持を広げ、旧立憲系の少なくとも一部とは、わだかまりを積極的に解消していくのだ)。枝野の次の合流新党の代表の地位も、その動き方や人気によっては、十分に狙えたと思う(その時にはその時で妥協しなければならないこともあるかも知れないが)。自らもかつて前向きであった、民主党系の再統一に参加しないのは、【代表選で負けて、あるいは立候補できず、すぐ離党する】というのに近い。今後民主党系においては、信頼を得にくくなるだろう。筆者はそれも残念に思う。

そもそも玉木は3年前、希望の党に民進党全員で移れないことを問題視したのだろうか、今のように党首ではなかったから、そのような議員の受け皿をつくることを主張しなかったということなのだろうか。希望の党に移る時、民進党残部と合流する時に、玉木はそこまで理念や政策を重視していただろうか。

かつて、小沢一郎は民主党を、前原誠司は希望の党を乗っ取ろうとした。悪い言い方をしたが、不毛な共倒れや離合集散を繰り返すよりは良い(アメリカのトランプとサンダースも、もともと他の政党の出身だと言える)。そのように玉木が、立憲民主党の乗っ取りを目指すのも、一つの方法ではなかっただろうか。それとも、合流後に旧国民民主党の多くをまとめることすら、玉木にも前原にもできそうになかった、ということなのか。あるいは、その乗っ取り自体が離合集散であり、それを繰り返したくはないということだろうか。

民主党系の統一会派からすら離れてしまう議員が出ないように、受け皿をつくるということなら評価するが(枝野には左に重心を置くことで、統一会派の議席減を招きかねないところがある)。実際には国民民主党が独自会派を結成した分だけ、統一会派の議席が減ることになった(国民民主党の会派は、衆議院が党員の7名+統一会派には属していなかった3名。参議院が党員の9名+統一会派に属していた5名)。

繰り返しとなるが、元希望の党の議員達は、自分達が2017年に刺客を立てた側であり、それを止めようとしなかった(小池都知事に逆らえなかった)側であることを忘れてはいけない。左派が壊滅すればいいと思っていた議員は、今も同じ考えであるなら、正直にそう言うべきだろう。一方で立憲民主党は、無所属で立候補した民進党の議員にはもちろん、希望の党の民進党出身者にも対立候補を立てず、自力で、小党から第2党にはい上がった(旧総評系がついていたとしても、総選挙を迎えた時の議席数は15に過ぎなかった―解散後なので正確には前議員の数―)。こんなことは歴史上ほとんどなかった(野党第1党が希望の党から、社会党系に戻っただけだとも言えるが、そう簡単に言ってしまうには、結成当初の立憲民主党はあまりに小さかった)。このことは動かし難い事実であり、それを素直に認める国民民主党の議員を、筆者は評価したい。

希望の党を経ている議員の中には、希望の方が立憲よりも考えが近かったという者がいるかもしれないが、民主党が全力で反対した安全保障関連法案に、賛成の立場を示した希望の党に入ったこと自体には、政策軽視とせざるを得ない面がある。当時、「本当は賛成だが、党の方針に従う」と明言した議員は別だが、筆者はそんな議員はいなかったと記憶している。人は変化をするものだが、たかだか数年の出来事だ。中国、北朝鮮の脅威は以前から深刻化していたし、世界情勢(の傾向)が極端に変わったとは言えない。どこかに嘘があったと思われても、文句は言えないだろう。言い訳もされてはいるが(『政権交代論』「国民民主党、無所属の会とは何か、新しい希望の党とは何か」参照)、無理があるのだ。小池側が協定書の修正に応じたという議員がいるが、そこには自民党政権が成立させた法案を問題視する表現はなく、憲法に則り適切に運用するとか、不断の見直しを行うと、書かれているだけである(そもそも党と党の合流は、執行部同士が条件を含めて合意し、各党の、党大会などの決定機関が、それを了承すれば完了するはずで、一つの政党がつくった協定書に各議員、候補者がサインをすれば合流したと認めるなどということがおかしい。個人で入党する場合や、既存の政党の執行部が公約を順守することを候補者に求める場合とは違うのである)。

これも何度も述べていることだが、【玉木代表の不参加表明を、誰が喜んでいるのか?】ということも重要だ。自民党支持者、維新の支持者、ネトウヨ的な人々・・・。インターネットでの言論、それに対する様々な書き込みなどを見ると、実に分かりやすい。彼らは合流に参加しない者、特に選挙区で当選する力のある議員の不参加が、多ければ多いほどうれしいのだ。彼らは左派野党を恐れている。日本が社会主義国になること、中国の属国になることを恐れてのことか。それとも単に、「能力に欠ける政党」が拡大することをおそれているのか。いずれにせよ、それはほとんど「陰謀論」である。少なくともかなり誇張した、そして背景を考えずに単純化した話だ。民主党系が、いや日本の野党が能力に欠ける理由ははっきりしている。『政権交代論』で見てきた通り、かなりの部分が1党優位のせいだと言える。

民主党系がまた、日米関係を悪化させるリスクはある。しかしそれは、親中派が少なからずいる自民党にだってあり得ることだし、失敗の経験も活かして、克服することができるものだ。日本で政権交代が定着するためにも、克服しなければならないことである。「成長しなくていいから、経験もいりません」というのでなければ。それに対米追従は仕方のないことだが、改める余地がゼロであるわけではない。今すべき事・できる事と、将来目指す事を冷静に整理し、やり方を工夫する余地はある。

それにしても、現在の野党が連立政権をつくることを肯定せず、かといってただ野党の合流を批判する人は何を考えているのだろうか。自民党の永久政権か。それとも本当に、自民党や民主党系を破って政権をとる政党が出てくると考えているのだろうか。ならばその方法とはどのようなものなのか。理想ばかり、反対ばかりではなく、彼らこそ現実的な対案を出すべきではないだろうか(維新は選挙や再編で大政党になれるのか、大政党として存在していられるのか、自民党が大きく割れるようなことがあるのか)。そして玉木代表も、新たな国民民主党がどの党と組むのか、明確にすべきだ。そうでなければ国民は選挙で選べない。政策が大事なのは確かだが、日本は残念ながら、まだ政策で選べる段階にはない。選挙の時、自分の考えに近い政党があっても、【勝つのは必ず自民党】、【自分と考えが近い政党に票を入れると、非自民各党の共倒れとなり、結局自民党が勝つ】という状況を変えなければ、残念ながら、政策で選んでもどうにもならない。

自民党1党優位をやめればいいだけの話である。本当は反共くらいしか理念がなく、対米追従、利益誘導くらいしか方向性のない自民党が、自らの色を明確にすれば良いのである。国民がそれを強く求めれば良いのである。「何でもあり」の自民党には居心地が良い面もあるが、それでは国民も成長できないし、いずれ本当に破綻する。野党はどうしても与党の反対を行かざるを得ないところがあるから、それをやって初めて、日本の政党政治はまともなものとなる。

最後に、れいわの支持者、自民党のごく一部の、反緊縮路線の議員を支持している人々も、国民民主党の分党を喜んでいたようだ。これは分かる。しかし玉木新党、つまり新しい国民民主党に、緊縮財政志向を持ち続けていると見られる議員が参加したこと。そして何より、岸本周平議員の結成大会における、【国の借金返済、社会保障の財源確保を重視し、MMT(明確にインフレになるまで通貨の発行→支出を増やせるという現代貨幣理論)を批判する発言】で、がっかりしている人も少なくないだろう。緊縮財政志向からの脱皮を図る玉木代表の路線について、疑問を抱かせる発言であり、玉木は岸本と話をするなど、火消しに追われた。だがこれについては、玉木代表の「柔軟さ」について心配すべきだろう。コロナ禍にれいわ新選組と主張が近くなっただけで(それ以前から兆候はあったが、そう強いものではなかった)、しかもそれで党内が本当に一致しているかも定かではなく、状況が変われば、ある程度緊縮財政になる可能性もあると思う。要は、その時支持を得られそうなことを言っているだけだと、その柔軟さゆえに、見えてしまうところがあるのだ。

民主党系の支持者には、ポピュリズム、MMTに否定的であるような、中間層、知識層の人々も含まれていると見られる。「消費税を下げなくても良いから(あるいはもう少し上げても良いから)、サービスを維持しつつも、税金のようなものである社会保険料が上がらないようにして欲しい。」という人もいるだろう。

また、MMTを肯定し、消費税の恒久的な減税(または廃止)を求める人々は、すでにれいわ新選組の支持者として固定されているか、他の左派政党をなかなか信用し、支持することができない人々ではないだろうか、とも思う。玉木代表はこのことについて、どこかで姿勢をはっきりさせる必要がある。

新たな国民民主党、そして社民党の残留派(まだ確定してはいないが・・・)。このような小党はなかなか注目されず、その点で他党との差別化も難しい。そんな弱い勢力があることでどうなるのか。弱いと言っても、社民党の組織の一部は残るだろうし、国民民主党には旧同盟系の一部がついているようだ。簡単に消滅はしないだろう(社民党は立憲民主党と離れれば、新社会党のように、国会での議席は失うと想像するが)。再分裂か、迷走か、他の陣営への寝返りか、筆者も気になるところだ。いずれにせよ、それらの勢力には、れいわと共に「左派連合」に加わって欲しい。