日本人はなぜ政権を選び取ることができないのか、考え、論じる
 
左派野党の中で、れいわだけは躍進

左派野党の中で、れいわだけは躍進

れいわ新選組は今回、4議席を獲得するほどの力を見せた(実際には、重複立候補者が小選挙区で法定得票数に達しなかったことから、3議席に)。2019年の参院選で華々しいデビューを飾ったれいわだが、その後は不振だと言われ続けた(多少のゴタゴタと、なによりコロナ禍で、山本代表得意の街頭演説が封じられたため)。しかし個人で立ち上げた政党としてしては、信じられないほどの強さを、あらためて見せたわけである。

維新の躍進に隠れた感もあるが、1から4議席へ、維新と同じく、約4倍に議席が増えたのだと言える。しかも総選挙前の1議席は、コロナ禍における不祥事のため、立憲民主党を離党し、国民民主党の会派に所属していた高井崇志(民主党→維新の党→民進党→立憲民主党)が、れいわからの出馬を決めて、移って来たからだ。高井は当選していないし、れいわはゼロから躍進したのだと言える。

れいわには確かに、自由党(生活の党)の分派という面もある。自由党が国民民主党と合流する過程で、山本代表は国民民主党の会派に属していた事もあった。しかしそれは個人で身を寄せたという面が大きい(しかも自由党の小沢代表に求められて)。俳優としては有名であったが、知名度で当選したという以上に、その主張、演説力によって当選したのだと言える。

そんな、独自に議席を伸ばしてきた山本れいわだが、今後はますます険しい道に入る。既成政党のように国民に浸透し、広く支持される政党になるのは本当に難しい。一つの小さな政党では、いくら議席を増やしても、特に短期的には限界があるわけだが、左派野党の枠組みは深刻なダメージを負っている。そもそも信頼関係が十分築かれていなかった(これは何より、野党第1党である立憲民主党の責任だ)。

今回の総選挙でも、立憲とれいわの調整がまともに行われていなかった事が、東京8区の問題で表面化した。業を煮やした山本が、立憲と自民(石原伸晃)が対決する同区での、立候補を決めたのだ。この東京8区は、山本が2012年に立候補した事のある選挙区であるが、山本がこの選挙区から立候補しようとしたのは、それだけが理由ではないのかも知れない。

どうであれ、これにはどっちもどっちだという面もあるが、そうであっても、いや、そうであればこそ、野党のリーダーであるべき、立憲民主党の執行部が、進んで調整すべきであった。

結局れいわは、ほとんど何も得られないまま、他の左派野党(と言うより立憲民主党)の候補者を応援する立場になったに等しい。それもれいわの比例票獲得の機会にになるとは言っても、相乗効果は発揮され難い。れいわの支持者に限らず、不快感を覚えた人は少なくないだろう。自民や維新が、野党の「ダメさ」を宣伝する材料にもなった。

筆者は野党間の選挙協力が絶対に必要だと思うが、以上の事から、「れいわは候補者調整に積極的に応じるべきだ」などとは言えない。願っていても、言えない。山本・れいわの交渉能力、意欲にも問題はあったと思うが、これはやはり立憲の問題だと、改めて述べておきたい。

総選挙が終わり、れいわは立憲と少し距離を取っているようにも見える。野党の足の引っ張り合いに批判的な筆者だが、事ここに至れば、野党の間で何かしらの、融合でも分解でも、化学反応が起こらなければ、事態は打開できないように感じる。

だから筆者は、れいわには自らの思う通り、思う存分やって欲しいと思う(そう言えるくらいには、山本代表を信じている)。もちろんそんなことを言われなくても、山本・れいわの姿勢は明瞭だ。たとえれいわ単独であっても、ある程度戦える強さもある(今の制度では比例区と、参議院の、定数が特に多い複数区―今のところ東京都選挙区だけか?―に限られるとしても)。

筆者としては、れいわ新選組に、自民党と対峙するのは当然として、維新の足立議員が民主党系を攻撃してきたように、さすがに国会の質問においてとは言わないが(与党側しか反論できないため、それには問題がある)、引き続き維新を批判して欲しい。れいわと維新の議論(単なるケンカではなく)も本当に見てみたい。最高の対戦カードだと思うし、それも一つの化学反応につながるかも知れないと思う。

日本はこのままでは沈むばかりだ。それを防ぐような改革、成長戦略は当然重要だが、大変な時代に弱者、弱者になりやすい一般の人々を守る視点は不可欠だ。これを両立させるのは難しいが、優先順位や道筋に違いのある政党同士の議論によって、より良い道が見えてくる可能性はある。また、たとえ見えてこなくても、異なる政党が交互に政権に就き、偏りを防いだり、互いの政権の補完、修正をする事はできる。これは、政権を任された政党が、とにかく行動すると言うのと同じくらい、重要な事だ。行動と修正、これはセットだ。

 

追記:れいわ新選組は、ロシアによるウクライナ侵攻を非難する決議案に反対した。理由は分からない。れいわは内容が不十分だとしているが、反米感情からか、目立つためか、分からないところもある。どのような理由であれ、反対したこと自体については、筆者は支持できない。やはり国全体でロシアを非難すべきだと思うからだ。今回の侵略の背景については、NATO加盟国も含め、どこかが100%正しいという事はない。それが現実だ。だが、先に公然と手を出した方が責められるのは当然である。そうでないと、「ああいう攻撃、侵略をしても大丈夫なんだ」と、悲劇が繰り返される。

維新には維新で、創設者と言える橋下が感情的で、ロシアによる侵略に関して、浅はかだと言える発言、発信を繰り返している。所属議員の鈴木宗男は、侵攻自体は批判しつつも、ロシア寄りの発言をし続けている。

れいわも維新も、筆者がこれから浮上する政党だと捉え、実際にそうなった。そんな2党が、あまり良くない目立ち方をしている。とても考えさせられる事だ。

この事は、新党という存在にリスクがある事を良く表している。やはり、いきなり新党に賭けるよりも、既成政党を育てるべきだ。れいわと維新に既成政党以上の価値があるのなら、それこそ、それぞれ立憲民主党中心、自民中心のブロックの中で、しっかり育てた方が良いのではないだろうか。

ただし、れいわの決議案反対について筆者は、こうも考える。れいわは衆議院3,参議院2議席だ。よって決議案反対は、国会の1%にも満たない。99%以上が賛成していれば十分だとは言えないだろうか。それ以上の賛成を求めるのは、特にこのような非常時に、むしろ危険ではないだろうか。日本は同調圧力の強い国だとされる。戦前、戦中と、反対をする事が許されないような時代もあった。これを繰り返してはいけない。この事も、非常に重要だと思う。

維新の会とれいわ新選組の共通点はもちろん、カリスマ性があって、演説がうまく、行動力のある人物が率いている(率いていた:※)事だ。そう言えばどちらも関西の出身だ。

※ 橋下徹は日本維新の会(当時の名称はおおさか維新の会)、大阪維新の会の代表を辞めているが、2022年3月まで、大阪維新の会の法律顧問であったことが明らかになった。維新が橋下の言いなりであったとまでは言わないが、維新の要人らは、橋下の復帰を期待する発言をしてきているし、どう見ても影響力がないはずがない。それで中立を装って、尋常でない数のテレビ出演を重ねてきたのだから罪深い。そしてそれを利用し、都合が悪くなったとたん、顧問から外れてもらった維新にも問題がある(橋下から顧問を降りたのだとしても、話は大して変わらない)。

しかし、れいわと維新の理念は正反対に近い。れいわは左派ポピュリズム政党だと言える。維新は少し難しく、改革政党でありながら、伝統を重視する右寄りの議員もいて、右派ポピュリズム的な面もあるが、新自由主義的であるから、国によって事情が異なるとは言え、本来、右派ポピュリズム政党の本来の主張の一丁目一番地である、外国人労働者の受け入れ反対とは、まったく一致しない。強いて言うなら、改革ポピュリズムだろう。改革派ではなく改革「ポピュリズム」とするのは、ポピュリズムの良くない面を、多分に含んでいるからだ(「維新の会は改革派ポピュリズムか右翼ポピュリズムか」参照)。

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