日本人はなぜ政権を選び取ることができないのか、考え、論じる
 
原因究明編No.19~22

原因究明編No.19~22

原因究明編No.19

社会党の場合は監視役に特化する事で、痛みを伴う変化を先延ばしにできたという面がありますが、冷戦後は55年体制の維持に第3極こそが利用されていると感じます。また共産党も、第2党への支持が弱まればそこからすぐに票を奪える点、自共対決の演出によって第2党を埋没させられる点で、自民党に利用されてきました。

 

原因究明編No.20

1党優位だと、同じ政治主導でもこうも違うものになるという事は、教訓にすべきだと思います。対等な2大政党(の陣営)の間で政権交代が定着すれば、なんの問題もない話です。こんな事でつまずくのが1党優位であり、それはもちろん日本のためになりません。

 

原因究明編No.21

今の国民民主党の雰囲気、ネットで発信する支持者の雰囲気を見れば、主役が交代しても第3極(右派系新党)の問題は変わらないと分かります。第3極の主張の中にも重要なものはありますが、それはこのままでは第3極とそれを利用する自民党の、道具としてしか用いられないと思います。どこかで理想の政治家、政党を求める事をやめて、大政党と向き合わなければ。

 

原因究明編No.22

新自由主義的改革は一つの選択肢として必要だが反発も多い(だから反対派への政権交代を前提として、大政党が引き受けるものであるはず)。維新はそこで迷走し、結局は世代間格差へと行きついた。そしてそれを引き継ぎ、賛否のある新自由主義のような「イデオロギー」を意図的に避け、維新が重視する子育て世帯への給付以上に、とにかく税負担を軽減するというところへと、無責任にもたどり着こうとしているのが国民民主党。同時に、国民民主にはまだソフトなイメージも残っていますが、新党、小党の多くが内外問わず見せる権威主義的な傾向にも、警戒が必要。という印象を持っています。

歴史ある思想に基づく共産党と思いつきも多い維新では、もちろんその目指すところも含めて大きく異なります。しかし大胆な計画的刷新を好む維新の特徴をこのように捉える事も、流動的な現状を踏まえると必要なのではないかと、思うところがあります。この事は維新の「総決算」的な性格と共に、第3極が維新の台頭で一区切りとならなかった事に、なんらかの影響を与えていると感じます。なお図には記しませんでしたが、外様とし得る人物を代表にして、後に激しい主導権争いをした事について、維新の党とN党は似ていると感じます。(橋下氏と立花氏に類似性があるのか、考えさせられます)

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