補足~桂新党(立憲同志会)結成までの出来事~
2012年(大正元年) 12月 5日 第2次西園寺内閣の総辞職が決定 12月14日 交詢社(福沢諭吉らが結成した社交クラブ)の有志が憲政擁護会を結成。立憲国民党、立憲政友会の議員も参加し、護憲運動が広がっていく。 12月 …
2012年(大正元年) 12月 5日 第2次西園寺内閣の総辞職が決定 12月14日 交詢社(福沢諭吉らが結成した社交クラブ)の有志が憲政擁護会を結成。立憲国民党、立憲政友会の議員も参加し、護憲運動が広がっていく。 12月 …
立憲政友会1減の205、立憲国民党5増の91、中央倶楽部18減の29。無所属21増の56、計381(初めて沖縄県で総選挙が行われたため、定数が379から同県郡部-市部選挙区は無し-の2議席分増えた) ①選挙 …
戦前は天皇が総理大臣を選ぶ制度であったから、そもそも国民は政権選択をしようがなかった。それでも民主化は進んだ。だからこそ、戦後の本格的な民主化が容易に進んだという面もある。しかし残念ながら、国民が自ら政権を選択するという …