日本人はなぜ政権を選び取ることができないのか、考え、論じる
 
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第11章前編 1912年5月 第11回総選挙(前)第2次西園寺内閣~第3次桂内閣期

立憲政友会1減の205、立憲国民党5増の91、中央倶楽部18減の29。無所属21増の56、計381(初めて沖縄県で総選挙が行われたため、定数が379から同県郡部-市部選挙区は無し-の2議席分増えた)   ①選挙 …

第8章 ~1903年3月~

①選挙結果 立憲政友会181、憲政本党84、帝国党17、壬寅会15、新潟進歩党7、 無所属72(→中正倶楽部25、政友倶楽部13)、計376 立憲政友会、憲政本党の2大政党は前職優先の選挙協力をしたが、議席を少し減らした …

14. 自由党系の分裂

自由党系の分裂は、大正期(≒桂園時代の終焉)までは、3つの時期に集中しているといえる。なお、自由党系は3つの時期における分裂による議席の減少を、分裂が終わってから2回目の総選挙を待たずに、約半数から大部分、回復している( …

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