日本人はなぜ政権を選び取ることができないのか、考え、論じる
 
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2つの維新

維新の会の、これまでの離合集散を確認しておきたい。まず、日本維新の会は2012年、地域政党として結成されていた大阪維新の会の、国政版として結成された。大阪維新の会は自民党の分派であったが、日本維新の会に参加した自民党議員 …

待っていても良い野党は生まれない、日本国民は野党の「先生」になるしかない

民主党政権はかつて、自分達がうまくやれていない事を棚に上げて、維新の会を軽視した。維新はそんな民主党、さらには下野後に左傾化し、対決重視になった民主党を軽蔑した。民主党はしかし、大きくなった維新を吸収した。これに反発した …

れいわは民主党系を補える

民主党系に期待したいと思っている筆者でも、不安な点はある。それについて述べる前にしかし、次の事も述べておきたい。それは枝野立憲民主党代表が、かつての民主党の失敗を繰り返さないため、期待値を上げ過ぎないようにしていることで …

合流するなら取りこぼすな

ここで民主党系の再編と、それにおける繰り返しを整理しておきたい。以下の通りである。   ・社民党+新党さきがけ=民主党:自社さ政権の負の面を背負う、社民党とさきがけの党首クラスを排除した。このため社民党の残部が …

維新の会はどこからやって来たのか?

ここまで話が進んだところで、維新の会がどこからやって来たのか。確認することにしよう。 民主党政権が誕生するまでの10年くらいは、第3極らしい第3極は存在しなかった(民主党政権誕生直前の、衆参系5議席のみんなの党を除けば。 …

所属政党の発展と、与党へのすり寄りを同一視してはいけない

「所属政党をコロコロ変える」、「政界渡り鳥」と批判される議員がいる。その場合、これが当てはまっている場合と、そうでない場合がある。実際に、何人かの、大政党の党首選挙に出馬したことがあるような議員を挙げて、確認してみたい。 …

社会党~民進党を変えられなかった新党

戦後の日本の政党政治に影を落としたのは、社会党(左派)の、あまりに非現実的な性格であった。新党ブームが何度も起こった背景には、別の、あるいは変身した野党第1党が欲しいという、日本人の願いがあったと言えるだろう。 しかし、 …

無意味に繰り返される新党ブーム

日本では五十五年体制崩壊後、たびたび新党ブームが起きている。戦後の新党ブームを見てみよう。 比較的長く続き、汚職の疑惑などもあった吉田茂内閣に飽きたきた国民は、その吉田との抗争の果てに誕生し、左右両派社会党の消極的な支持 …

日本維新の会の失敗、維新の党大阪派の失敗

日本維新の会が結成された2012年9月、与党民主党が次の総選挙で過半数を大きく下回る大敗をすることは、もはや確定的であった。自民党が過半数を獲得すれば、翌年の参院選で自民党が負けない限り、日本維新の会はキャスティングボー …

頑固でなければできないが、その頑固さが命取り

みんなの党と日本維新の会のたどった道を見ると、創設者(みんなの渡辺と維新の橋下)の頑固さがあだとなっていることが分かる(今では、同じく、というよりも維新の本当の創設者であるとも言える松井一郎の頑固さも気になる)。両党は政 …

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