議会ができて130年、一度だけしか政権交代をしたことがない日本
国会(戦前の名称は帝国議会)、それを構成する二院の一方である衆議院ができてから130年近くが経っている。それだけの年月の間、日本はまともな政権交代をほとんど経験していない。だから、外圧を受けて国の制度が大きく変わった幕末 …
国会(戦前の名称は帝国議会)、それを構成する二院の一方である衆議院ができてから130年近くが経っている。それだけの年月の間、日本はまともな政権交代をほとんど経験していない。だから、外圧を受けて国の制度が大きく変わった幕末 …
そう、日本は二院制であり、一部の重要な問題について衆議院の優越が認められているものの、一般の法案に限れば、参議院は拒否権を握っているといえる(それでも、参議院で否決された場合、衆議院において3分の2の賛成を得れば成立する …
中学受験の勉強を通して、政治の仕組みを少し知るようになった小六の夏の、ある朝のことだった。父親が「大変なことになったな」と、いつものように新聞を見ながら、しかしいつもとは少し違った声のトーンで、つまりいくらか興奮気味に言 …
「政権交代が起こる政治を定着させなければ日本は駄目になる。」 こう言うと、たいていの場合笑われる。民主党政権と比べれば、安倍内閣はずっと良いと。確かに安倍内閣は民主党政権よりも積極的に動いているし、経済も上向いているよう …
表補-H:第7~10回総選挙の選挙区ごとの当選者の所属 ・市部と郡部を合わせたもの、それと重複するが市部のみのもの、郡部のみのもの、という順でまとめた。 ・中立会派のみを黄色くした。 ・補欠当選、更正などは省略した(⑧高 …
実業家層には本来、その全てにとは言わないまでも、自らの利害を代表する政党が必要であった。当時議会制を採っていた他の国々を見れば、商工業を主な支持基盤とする政党と、農業を主な支持基盤とする政党が分立していた。ドイツ帝国のよ …
第3極が上下左右に引き裂かれる状況(図補-I参照)は、一度薩長閥と民党の対立が復活しただけで、すぐに変わるものではなかった。第3極は、右から国民協会、山下倶楽部、同志倶楽部と、3つに整理されたものの、薩長閥側、中立、民党 …
吏党系の分解と、それによって生じた勢力や吏党系の系列化は、その原因である薩長閥政府自体にも、大きな影響を与えた。衆議院における多数派形成の行き詰まりである。薩長閥は、自らの首を絞めていたのである。 第1次松方内閣期まで、 …
第4回総選挙後の実業家中心の会派の再編が、具体的な政策課題を要因として行われたことを示す史料は見当たらない。その経緯を見ると、再編は新旧の内閣の中心を担っていた勢力との、それまでの距離、あるいは望む距離によるものであった …
1890年代、薩長閥内において政権の中枢を担う勢力が交代する度に、あるいは交代する流れとなる度に、吏党の系譜は分裂を繰り返し、中立実業派は再編された。ただし第3次伊藤内閣成立後について見れば、国民協会の分裂はなかった。中 …