イタリア 第2次世界大戦後~冷戦期
1943年、イタリアは南部を連合国軍に、北部を同盟国のドイツに占領された。北部ではドイツの傀儡として、イタリア社会共和国の建国をムッソリーニが宣言、共和ファシスト党を結成したが、蜂起が起こり、1945年に処刑された。19 …
1943年、イタリアは南部を連合国軍に、北部を同盟国のドイツに占領された。北部ではドイツの傀儡として、イタリア社会共和国の建国をムッソリーニが宣言、共和ファシスト党を結成したが、蜂起が起こり、1945年に処刑された。19 …
1861年建国のイタリアの議会は自由主義者で占められ、しばらくは相対的に保守的な史的右派と、より自由主義的な史的左派の2大勢力が、2大政党制に近い状況を形成していた。ただし、その差異、区別は必ずしも明確ではなかった。基本 …
五十五年体制下の、自民党には、派閥間の対立に敗れ、あるいは非主流派から脱せず、自分の派閥ごと自民党を去ろうとした、あるいはそれをうわさされた大物議員がいた。河野一郎、三木武夫、福田赳夫である。そしてこれを実現し、五十五年 …
※特に、立石博高編『スペイン・ポルトガル史』を参照した。 1820年の自由主義革命の後、自由主義者と、それに反発する保守派が対立した。対立は内戦を経て自由主義者の勝利に終わったが、自由主義者達は穏健派と急進派に分裂した。 …
2017年の総選挙で立憲民主党が第2党に上がったことを考えれば、立憲民主党中心の左派連合が、自民党に対峙すべきであり、それに沿った、立民中心の再編(自由、社民両党との合流、国民、無所属の民進党系のうち、可能な議員達の吸収 …
2017年10月、民進党はボロボロであった。小池新党に議員を切り崩され、総選挙では大阪に続き東京でも壊滅しそうな状況であったし(すでに小選挙区で当選者をほとんど出せなくなっていた東京において、自民対維新が定着した大阪のよ …
今、自由党は参議院で、社民党と希望の会という統一会派を組んでいる。希望の党結成より前からのことであり、「希望」という言葉にこんなケチがつくとは、思いもしなかったことだろう。しかしここで言いたいのは当然、そんなことではない …
自由党が登場したから、新生党からの同党の系譜に対する筆者の考えを、繰り返しとなる部分もあるが、述べておきたい。 まず、羽田・小沢派が、自民党を離党して新生党を結成したことで、自民党の衆議院における過半数割れ、さらには政権 …
自民党を、結成38年で初めて野党に転落させた細川内閣の成立は、日本においては画期的なできごとであった。しかし、この非自民・非共産連立政権は、小沢一郎新生党代表幹事と、武村正義新党さきがけ代表・日本社会党左派との対立によっ …
戦後の日本の政党政治に影を落としたのは、社会党(左派)の、あまりに非現実的な性格であった。新党ブームが何度も起こった背景には、別の、あるいは変身した野党第1党が欲しいという、日本人の願いがあったと言えるだろう。 しかし、 …